従業員の私的投稿と情報漏えい

従業員の私的投稿をきっかけとした情報漏えい
――法的責任・企業対応・再発防止策

このような事案では、「本人が軽率だった」で終わらせるだけでは不十分です。企業の情報管理体制、職場環境、教育、撮影ルール、初動対応まで含めて、組織としてのリスク管理が問われます。

1 なぜ私的投稿による情報漏えいが起きるのか

近時は、BeRealをはじめとするSNSへの投稿を契機として、職場内情報の映り込みによる情報漏えいが問題となっています。BeRealはあくまで一例ですが、従業員の私的投稿が企業の情報管理上の問題につながる典型例として確認しておく必要があります。

このようなSNSの特徴は、利用者同士の自然な共有を促す点にあります。しかし、企業実務では、その特徴が職場内情報の映り込みリスクにつながることがあります。

「今すぐ撮る」という焦りが、確認不足を生みます

短時間での投稿が促される仕組みでは、利用者に「今すぐ撮らなければ」「とりあえず投稿しよう」という心理が生じやすくなります。

従来型のSNSであれば、撮影、加工、確認、投稿という過程で、背景に何が写っているかを確認する機会がありました。しかし、短時間での投稿を促すサービスでは、その確認過程が十分に働かないことがあります。

「限定公開だから安全」という誤解があります

BeRealなどのSNSでは、「友人だけが見る」「短時間で消える」という感覚が生じやすいといえます。しかし、これは安全性を保証するものではありません。

投稿された画像や動画は、スクリーンショット、画面録画、他人による保存などによって、本人の想定を超えて外部に拡散する可能性があります。投稿者本人に悪意がなくても、保存された画像は残り続けます。

したがって、「限定公開だから大丈夫」という理解は、法的にも技術的にも危険です。

本質的な問題は、アプリではなく職場環境と端末管理です

ここで重要なのは、特定のアプリ自体を悪者にすることではありません。

問題の本質は、職場内で私用スマートフォンの制限なき持ち込み・利用や、会社貸与端末の不適切な利用(私的アプリのインストール等)が可能であり、かつ、顧客情報、ホワイトボード、PC画面、書類、IDカード、内部資料などが映り込み得る状態にあることです。

2 近時の事例から見える企業リスク

金融機関で公表されたSNS投稿事案

2026年春、金融機関の職員による営業店執務室内の撮影・インターネット上への投稿をきっかけとして、顧客の氏名が記載されたホワイトボードが映り込んだ動画・画像が拡散された事案が公表されました。

公表情報から確認できる範囲では、投稿者に漏えいの故意があったのか、背景確認不足による過失だったのか、具体的な経緯を外部から断定することはできません。したがって、個別事案について安易に評価することは避けるべきです。

もっとも、金融機関という高度な情報管理が期待される業種において、顧客情報が外部から閲覧可能な状態になったこと自体は、社会的影響の大きい事案です。

医療・教育分野でも同じ問題が起きます

病院や学校でも、患者情報、教育関連情報、内部資料などの映り込み事案が報道されています。

医療・教育分野では、損害賠償額の問題以上に、信頼喪失が深刻です。患者、保護者、生徒、取引先は、「自分たちの情報が軽く扱われた」と受け止める可能性があります。

これは、単なる情報管理ミスではなく、組織への信用問題です。

若年層批判だけでは解決しません

SNS上では、新卒社員や若手社員による漏えい事案について、揶揄的・攻撃的な反応が見られることがあります。

しかし、「若者のリテラシー不足」という説明だけで片付けるのは適切ではありません。問題は、学生時代から続くSNS文化、私的な共有感覚、そして企業側の教育不足・環境整備不足とのギャップにあります。

企業としては、「若い従業員が悪い」という見方にとどまらず、どの部署で、どの場所で、どのような情報が、どのように映り込み得るかを点検する必要があります。

3 従業員本人の責任

従業員の私的投稿による情報漏えいでは、企業責任だけでなく、従業員本人の責任も問題になります。ただし、「漏えいしたから直ちに犯罪」「投稿したから直ちに高額賠償」と単純に考えるのは正確ではありません。

民事責任

SNS投稿によって、プライバシー、名誉、営業利益、社会的信用などが侵害された場合、投稿者本人が民法709条の不法行為責任を負う可能性があります。

例えば、顧客氏名、患者情報、社内の秘密情報、取引先情報などを投稿した場合には、被害者に対する責任や会社に対する責任が問題になり得ます。

もっとも、漏えいがあれば当然に高額賠償になるわけではありません。実際の責任の有無や範囲は、情報の内容、拡散規模、二次利用可能性、精神的損害、社会的不利益などによって変わります。

雇用契約上・労務上の責任

企業実務で最も問題になりやすいのは、雇用契約上・労務上の責任です。

従業員は通常、秘密保持義務、誠実義務、信義則上の義務を負っています。そのため、SNS投稿による情報漏えいは、雇用契約上の義務違反として扱われる可能性があります。

この場合、問題の中心は「SNSに投稿したこと」そのものではなく、「職務上知り得た情報や会社が管理すべき情報を外部に流出させたこと」です。

なお、これらの責任が問われるのは正社員に限りません。派遣社員、アルバイト、業務委託スタッフによる漏えいも想定されます。これらの非正規雇用者等についても、就業規則の適用範囲、派遣先としての指揮命令、業務委託契約等における秘密保持条項の確認が不可欠です。

刑事責任は限定的に考える必要があります

SNS漏えいがあった場合でも、直ちに刑事責任が成立するわけではありません。刑事責任は、それぞれの犯罪の構成要件に該当する場合に限られます。

例えば、不正競争防止法上の営業秘密侵害罪では、対象情報が営業秘密に該当する必要があります。営業秘密に該当するためには、一般に、秘密管理性、有用性、非公知性が問題になります。会社の情報であればすべて営業秘密になるわけではありません。

また、個人情報保護法上の個人情報データベース等不正提供罪についても、対象が個人情報データベース等に該当するか、不正な利益を図る目的や不当な目的があるかなど、構成要件を個別に確認する必要があります。背景への映り込み型の投稿が直ちに同罪に該当するとは限りません。

一方で、医師、公務員、弁護士など、法律上の守秘義務を負う職種では、別途、守秘義務違反が問題になる可能性があります。

4 リポスト・拡散者の責任

SNS漏えいでは、初回投稿だけでなく、リポスト、引用、スクリーンショット共有などの二次拡散によって被害が拡大します。

「自分は投稿しただけではなく、拡散しただけ」という理解は、法律上の免責を意味しません。転載や再投稿は、それ自体が独立した侵害行為となり得ます。

もっとも、リポストや転載が常に違法になるわけではありません。公益性、真実性、公表目的、必要性、被害拡大性などを踏まえた個別判断が必要です。

社内共有でも注意が必要です

この論点は、企業内部でも重要です。問題投稿が発覚した場合、全社員メール、社内チャット、スクリーンショットの回覧などが行われることがあります。

しかし、これ自体が不要な二次拡散になる可能性があります。問題投稿の共有は、調査・対応に必要な範囲に限定すべきです。

5 漏えい発生時の初動対応

従業員の私的投稿による情報漏えいでは、初動対応が結果を大きく左右します。特に重要なのは、削除を急ぐ前に、必要な証拠を保全することです。

6 懲戒・求償を検討する際の注意点

従業員の私的投稿による情報漏えいが発覚すると、企業は強い社会的圧力にさらされます。SNS上での批判、報道、顧客クレーム、社内不満が重なると、「厳しく処分しなければならない」という空気が生まれやすくなります。

しかし、感情的な懲戒は危険です。SNS問題では、炎上対応と労務対応が交錯します。法的根拠と証拠に基づく冷静な判断が必要です。

懲戒処分は自由にできるわけではありません

企業には懲戒権がありますが、無制限ではありません。労働契約法15条・16条は、懲戒や解雇について、客観的合理性と社会通念上の相当性を要求しています。

したがって、「炎上したから懲戒解雇」という発想は危険です。投稿内容、故意・過失の程度、被害規模、企業信用への影響、再発可能性、過去の類似事案との均衡、就業規則上の根拠などを総合的に確認する必要があります。

事案の類型を分けて考える必要があります

特に、会社側に研修、ルール、注意喚起、環境整備がほとんどなかった場合に、従業員だけを重く処分する対応は、後に労務紛争で問題化しやすくなります。

求償は理論上可能ですが、当然に全額回収できるわけではありません

企業が従業員に対して損害賠償請求や求償を行うことは、理論上はあり得ます。

もっとも、最高裁昭和51年7月8日判決(茨城石炭商事事件)は、使用者から被用者への求償について、信義則上相当な限度に制限すべきと判断しています。

そのため、このような情報漏えいでも、会社に生じた損害を当然に全額従業員へ請求できるわけではありません。故意・過失の程度、従業員の地位、賃金、教育状況、管理体制、予見可能性などを踏まえた判断が必要です。

7 再発防止の考え方

現在の実務では、単に「SNS禁止」とするだけでは不十分です。SNS利用は日常生活の一部であり、勤務時間外や私生活領域への過度な介入は、慎重に判断する必要があります。

重要なのは、SNSを完全に排除することではなく、利用されることを前提に、会社情報が外部に出ない仕組みを作ることです。

ソーシャルメディアポリシーに入れるべき事項

教育は一度きりでは不十分です

SNSの利用実態は短期間で変化します。BeRealのように、従来の研修資料では十分に想定されていないサービスが問題になることもあります。

そのため、新入社員研修だけでなく、管理職研修、定期的な注意喚起、新しいSNSや投稿文化への対応が必要です。

特に管理職には、部下を処分する知識だけでなく、職場内に情報が映り込みやすい状態がないかを点検する視点が求められます。

8 社内で確認しておきたいチェックポイント

企業としては、少なくとも次の点を確認しておくことが望まれます。

9 よくあるご質問

Q1 従業員が私的なSNSに投稿しただけでも、会社の問題になるのでしょうか。

従業員が私的に投稿したものであっても、投稿画像や動画に顧客情報、取引先情報、社内資料、PC画面、ホワイトボード、名札、予定表などが映り込んでいれば、会社の情報管理上の問題となり得ます。

問題の中心は、「SNSを使ったこと」ではなく、会社が管理すべき情報や職務上知り得た情報が外部に出たことにあります。そのため、従業員個人の軽率な行動だけでなく、職場環境、撮影ルール、情報の置き方、教育状況もあわせて確認する必要があります。

Q2 投稿者に悪意がなければ、情報漏えいとして扱わなくてもよいのでしょうか。

悪意がない場合でも、情報漏えいとしての対応が不要になるわけではありません。

本人に漏えいの意図がなかったとしても、結果として個人情報、顧客情報、取引先情報、社内の機密情報などが外部から閲覧できる状態になれば、被害拡大防止、影響範囲の確認、関係者への説明、再発防止策の検討が必要になります。

懲戒処分や損害賠償請求の判断では、故意か過失かは重要な事情になりますが、初動対応の要否とは別に考える必要があります。

Q3 問題投稿を見つけた場合、まず削除させればよいのでしょうか。

削除を急ぐ前に、必要な証拠を保全することが重要です。

具体的には、投稿内容、URL、投稿日、アカウント情報、画像・動画の内容、コメント、拡散状況などを保存します。証拠を残さずに削除してしまうと、後に、何が漏えいしたのか、誰が投稿したのか、どの程度拡散したのかを確認できなくなるおそれがあります。

証拠保全を行ったうえで、投稿削除、プラットフォームへの通報、社内調査、関係者への説明などを順序立てて進める必要があります。

Q4 社内で注意喚起するために、問題投稿のスクリーンショットを共有してもよいでしょうか。

注意喚起の目的があっても、問題投稿のスクリーンショットを広く共有することには注意が必要です。

投稿内容に個人情報や機密情報が含まれている場合、社内での共有自体が不要な二次拡散になる可能性があります。共有は、調査・対応に必要な範囲に限定し、全社員への一斉共有や社内チャットでの安易な回覧は避けるべきです。

注意喚起を行う場合には、実際の画像をそのまま共有するのではなく、情報を伏せたうえで、問題となる行為類型や再発防止のポイントを説明する方法が望ましいといえます。

Q5 従業員を懲戒処分にすることはできますか。

従業員の投稿によって会社情報や顧客情報が漏えいした場合、就業規則上の根拠があれば、服務規律違反、秘密保持義務違反、誠実義務違反などとして懲戒処分を検討することはあり得ます。

ただし、懲戒処分は自由にできるものではありません。投稿内容、漏えいした情報の性質、故意・過失の程度、被害規模、会社の信用への影響、本人の地位、過去の注意・教育状況、会社側の管理体制、過去の類似事案との均衡などを踏まえて、処分の相当性を慎重に判断する必要があります。

「炎上したから懲戒解雇」といった感情的な対応は、後に労務紛争となるリスクがあります。

Q6 会社に損害が出た場合、従業員に全額請求できますか。

会社が従業員に対して損害賠償請求や求償を行うことは、理論上はあり得ます。

もっとも、従業員に対して当然に全額を請求できるわけではありません。故意・過失の程度、従業員の地位、業務内容、賃金、会社の教育状況、管理体制、損害発生の予見可能性などを踏まえ、信義則上相当な範囲に制限される可能性があります。

求償を検討する場合には、金額の大きさだけでなく、労務紛争化するリスク、社内への影響、再発防止との関係も含めて慎重に判断する必要があります。

Q7 就業規則やSNSポリシーには、どのような内容を定めておくべきでしょうか。

就業規則やSNSポリシーでは、単に「不適切な投稿を禁止する」と書くだけでは不十分です。

個人情報、顧客情報、取引先情報、患者情報、社内資料、会議内容、PC画面、ホワイトボード、予定表、IDカード、名札など、投稿・撮影してはならない情報や対象を具体的に示すことが重要です。

また、撮影禁止エリア、投稿前に迷った場合の相談先、違反時の調査協力義務、懲戒や損害賠償責任が問題となり得ることも、実務に即して整理しておく必要があります。

Q8 SNSの利用を全面的に禁止すればよいのでしょうか。

業務中の私的利用や職場内での撮影を制限することは考えられますが、従業員の私生活上のSNS利用を一律に全面禁止することは、実務上も法的にも慎重に考える必要があります。

重要なのは、SNSそのものを禁止することではなく、会社情報や顧客情報が外部に出ない仕組みを作ることです。

そのためには、撮影禁止エリアの設定、機密情報が映り込まない職場環境の整備、投稿前の注意喚起、従業員教育、問題発生時の報告ルートの整備などを組み合わせて対応する必要があります。

Q9 新入社員や若手社員だけを対象に研修すれば足りますか。

新入社員や若手社員への教育は重要ですが、それだけでは十分とはいえません。

管理職には、部下の投稿を注意するだけでなく、職場内に情報が映り込みやすい状態がないかを点検する役割があります。また、中堅社員や管理職自身が、会議室、執務室、出張先、懇親会などで撮影・投稿する場面もあります。

さらに、正社員だけでなく、派遣社員やアルバイトなどに対しても、業務に関する情報管理の重要性を等しく伝える必要があります。

そのため、研修や注意喚起は、若手社員だけでなく、管理職や非正規雇用者を含む社内全体に向けて継続的に行うことが望ましいといえます。

Q10 会社として、まず何から点検すればよいでしょうか。

まずは、自社の職場で「撮影された場合に情報が映り込みやすい場所」を確認することが重要です。

具体的には、執務室、受付、会議室、カウンター、ナースステーション、教室、バックヤード、休憩室などで、PC画面、ホワイトボード、書類、名札、予定表、来客名簿、顧客情報、患者情報、取引先情報などが見える状態になっていないかを点検します。

そのうえで、就業規則、SNSポリシー、情報管理規程、撮影ルール、初動対応フローが、実際の職場環境に合っているかを確認することが必要です。

10 おわりに

従業員の私的投稿をきっかけとする情報漏えいは、単なるSNS問題ではありません。

企業に問われているのは、情報管理を従業員個人の注意力だけに依存していないかという点です。

漏えいは、悪意だけで起きるわけではありません。焦り、思い込み、限定公開への安心感、職場文化、情報の置き方、教育不足、管理体制の不備からも発生します。

そのため、必要なのは、感情的制裁、SNS悪者論、若年層批判ではありません。必要なのは、管理体制、教育、初動対応、ガイドライン、職場環境の見直しです。

従業員の私的投稿をきっかけとする情報漏えいは、「従業員が悪かった」で終わる問題ではありません。企業統治の成熟度が問われる問題です。

顧問先・相談者向け補充説明(法人破産)

会社の破産を考え始めた経営者の方へ

法人破産を検討している経営者の方向けに、破産費用、申立前の準備、代表者の協力の必要性など、相談前に知っておいていただきたい基本的な事項を整理しています。

この資料では、法人破産を検討する際に知っていただきたい基本的な事項について説明します。

法人破産の一般的な流れ

法人破産でよくある誤解

なぜ会社の破産には費用が必要なのか

会社の破産は、単に裁判所へ申立てを行えば終わる手続ではありません。会社を適切に整理し、事業を終了させるためには、様々な作業や手続が必要になります。

例えば、

  • 事務所や店舗、倉庫の明渡し
  • 残置物の撤去や処分
  • 商品在庫や備品の売却・処分
  • リース物件の返還
  • 機密文書や個人情報を含む資料の整理・廃棄
  • パソコンやサーバー等のデータ整理
  • 従業員関係書類の整理

などです。

これらは、会社が事業を終了する以上、破産するか否かにかかわらず必要となる作業であり、多くの場合、運搬費用や廃棄費用、明渡費用等が発生します。

また、これらの作業を何もしないまま破産手続に移行すると、後に破産管財人が対応しなければならず、結果として手続が長期化したり、より多くの費用が必要になったりすることがあります。

そのため、法人破産の実務では、弁護士が受任した後、破産申立てを行うまでの間に、可能な範囲で残置物の整理や在庫の処分、明渡し準備等を進めておくことが少なくありません。これにより、手続をより円滑に進めることができ、結果として債権者や関係者の負担を軽減できる場合があります。

破産費用は何に使われるのか

裁判所へ支払う予納金は、主として破産管財人による財産調査や換価業務など、破産手続を適切に進めるための費用として用いられるものです。

また、申立代理人である弁護士の報酬についても、単に申立書を作成するための費用ではありません。会社の財産や負債の調査、債権者一覧表の作成、従業員対応、取引先対応、資料収集や整理、裁判所や破産管財人との対応など、多くの業務を行うための費用です。

破産費用は相談時に全額用意しておく必要があるのか

「破産に必要な費用が用意できていないので、まだ弁護士には相談できない」と考える経営者の方もおられます。

しかし、実際には、弁護士に相談した時点や受任した時点で、直ちに破産手続に必要な費用の全額を準備しておかなければならないとは限りません。

法人破産では、弁護士が受任した後、一般的には既存の債務の支払を停止し、会社財産や資金の管理を行いながら破産申立ての準備を進めることになります。

その結果、それまで借入金や買掛金等の支払に充てられていた資金を、破産手続に必要な費用や会社の整理に必要な費用に充てることができる場合があります。

そのため、弁護士受任後、一定期間をかけて資金管理を行いながら、予納金や申立費用、残置物処分費用、明渡費用等を確保し、その後に破産申立てを行うケースも少なくありません。

もちろん、事案によって必要となる費用や準備期間は異なりますが、「費用が十分に用意できてから相談する」のではなく、「まだ一定の資金が残っている段階で相談する」ことが重要です。

資金が完全になくなってから相談すると、必要な処分費用や予納金を確保できず、かえって破産手続の実施自体が困難になることがあります。

よくある考え方と実務上望ましい考え方

会社に十分な資金が残っていない場合

会社に十分な資金が残っておらず、会社財産だけでは破産手続に必要な費用を確保することが難しい場合もあります。

しかし、そのような場合であっても、直ちに破産申立てが不可能になるとは限りません。

事案によっては、会社財産の換価や資金管理によって必要な費用を確保できる場合があります。また、代表者個人が資金を拠出したり、代表者の家族や親族が任意に資金援助を行ったりすることによって、法人破産に必要な費用の一部を準備するケースも実務上見られます。

もっとも、代表者の家族や親族に会社の債務を支払う法的義務があるわけではありません。また、どのような方法が適切かは、代表者個人の資産状況や保証債務の有無などによって異なります。

そのため、会社の資金だけでは費用の準備が難しい場合であっても、「破産費用がないから相談しても意味がない」と考えるのではなく、まずは状況を整理し、どのような方法が考えられるかを検討することが重要です。

破産申立ては弁護士だけで進められるものではありません

法人破産について、「弁護士に依頼したら、あとは弁護士がすべて対応してくれる」と考えられる方がおられます。

しかし、実際の法人破産手続は、弁護士だけで進められるものではありません。

会社の事業内容や財産の状況、取引先との関係、在庫や備品の所在、帳簿や契約書類の保管場所などは、会社の代表者や役員の方でなければ分からないことが少なくありません。

そのため、法人破産では、

  • 会社財産や負債に関する情報提供
  • 帳簿や契約書類等の収集
  • 在庫や備品の確認
  • 残置物の整理や処分への協力
  • 事務所や店舗等の明渡し準備
  • 従業員関係資料の整理
  • 各種資料の確認や説明

などについて、代表者や役員の方々の協力が必要になります。

特に、残置物の整理や明渡し準備、会社財産の確認などは、代表者や役員の方の協力がなければ進めることが困難な場合が少なくありません。

申立代理人である弁護士は、法的な助言や手続の進行、裁判所や破産管財人への対応を行いますが、会社内部の事情を最もよく理解しているのは代表者や役員の方々です。

そのため、法人破産は「弁護士に任せれば終わり」というものではなく、弁護士と代表者・役員が協力しながら進める手続であるとご理解いただくことが重要です。

早期相談が重要です

早期に相談することは、直ちに破産を決めるという意味ではありません。会社の資金状況、債務の内容、従業員や取引先への影響を整理し、どの選択肢が現実的かを確認するためのものです。

裁判所に納める予納金や弁護士費用、各種処分費用は、「破産のための費用」というよりも、「会社を適切に終了させ、従業員、取引先、債権者への混乱をできる限り少なくするために必要な費用」と理解するのが実情に近いといえます。

法人破産では、相談が早ければ早いほど、残された資金や財産を有効に活用しながら、適切な方法を検討できる可能性が高くなります。

そのため、「破産費用が準備できてから相談する」のではなく、「経営に行き詰まりを感じた段階で早めに相談する」ことが、結果として会社や関係者の負担を軽減することにつながります。

経営状況に不安を感じた場合には、会社にどの程度の資金が残っているか、今後どの支払が予定されているか、従業員・取引先・賃貸物件への対応をどうするかを含めて、早い段階で専門家に相談し、今後の対応を整理することが重要です。