カスタマーハラスメント対策義務化を踏まえた企業対応の記事を掲載

労働施策総合推進法の改正により、2026年10月1日から、事業主にはカスハラに関する雇用管理上の措置を講じる義務が課されます。そこで、顧問先企業の法務・人事・労務担当者および経営層に向けて、法改正の要点と企業実務を全6回で整理した記事を掲載しました。

(記事)
企業のカスハラ対策|カスタマーハラスメント対策義務化を踏まえた企業対応

公益通報者保護法改正への実務対応(2026年12月1日施行)

2025年(令和7年)6月に公益通報者保護法の一部を改正する法律が公布され、2026年(令和8年)12月1日に施行されます。

そこで、内部通報規程、通報窓口、調査体制、通報者保護、人事措置の判断プロセスなど、企業が施行前に確認しておくべき実務対応を整理します。

今回の改正は、公益通報者の保護を強化するだけでなく、企業に対して、内部通報制度の実効性をより強く求める内容となっています。

内部通報制度は、不祥事を外部に出さないための制度ではありません。企業が問題を早期に把握し、是正し、法令違反や社会的信用の毀損を防ぐためのリスク管理制度です。

今回の改正を踏まえると、企業は、単に通報窓口を設置しているだけでは足りず、通報を受けた後の調査、秘密保持、通報者保護、人事措置の判断過程まで含めて、実効的に機能する制度になっているかを確認する必要があります。

1 公益通報者保護法の基本構造

公益通報者保護法は、公益通報をした者に対する不利益取扱いを禁止し、公益通報に関して事業者等がとるべき措置を定める法律です。

同法の目的は、公益通報者の保護にとどまりません。法令違反の是正を通じて、国民の生命、身体、財産その他の利益を保護し、社会経済の健全な発展に資することも目的とされています。

2 保護対象者の範囲が広がっています

改正後の公益通報者保護法では、公益通報を行う主体として、労働者、派遣労働者、役員に加え、特定受託業務従事者、いわゆるフリーランス等も明示されています。

企業実務では、従業員だけでなく、派遣労働者、業務委託先、フリーランス、役員などからの通報についても、公益通報者保護法上の保護対象になり得ることを前提に対応する必要があります。

特に、近年は、業務委託契約、フリーランス、副業・兼業人材、外部専門家の活用が広がっています。内部通報規程が「従業員」だけを対象とする内容になっている場合には、改正法に対応できているかを確認する必要があります。

3 公益通報を理由とする不利益取扱いは禁止されます

公益通報者保護法は、公益通報をしたことを理由として、公益通報者に対して不利益な取扱いをすることを禁止しています。

労働者については、公益通報を理由とする解雇その他不利益な取扱いが禁止されます。派遣労働者については、派遣契約の解除や派遣労働者の交代要求等が問題となります。特定受託事業者については、業務委託契約の解除、取引数量の削減、取引停止、報酬減額等が問題となります。役員については、報酬減額その他の不利益取扱いが禁止され、解任については損害賠償請求の対象となり得ます。

企業としては、公益通報があった後に、解雇、懲戒、降格、配置転換、評価引下げ、契約解除、取引停止などを行う場合には、その措置が公益通報を理由とするものではないことを説明できるようにしておく必要があります。

4 公益通報後の解雇・懲戒には推定規定があります

今回の改正で、企業実務上特に重要なのが、公益通報後の解雇・懲戒に関する推定規定です。

改正後は、公益通報者に対する解雇等特定不利益取扱いが、法定の起算点から1年以内にされた場合には、その解雇等特定不利益取扱いは、公益通報をしたことを理由としてされたものと推定されます。

ただし、この1年の起算点は、通報先によって異なります。

役務提供先等に対する内部通報の場合は、公益通報をした日が起算点となります。これに対し、行政機関への通報又は外部への通報の場合で、事業者がその公益通報がされたことを知って解雇等特定不利益取扱いをしたときは、事業者がその公益通報を知った日が起算点となります。

そのため、特に行政機関への通報や外部通報については、通報日そのものではなく、企業が当該通報の存在を知った時点を把握しておくことが重要になります。外部通報の場合、事業者が通報の存在を後日知ることもあり得るためです。

企業が、公益通報とは別の理由で懲戒処分や解雇を行う場合であっても、法定の起算点から1年以内であれば、公益通報を理由とするものではないことを説明する必要が生じます。

そのため、通報者について人事上の措置を行う場合には、通常以上に慎重な検討が必要です。特に、懲戒処分を検討する場合には、問題行動の内容、指導経過、本人の弁明、処分理由、処分量定の相当性、過去の類似事案との均衡などを記録化しておく必要があります。

5 公益通報を理由とする解雇・懲戒には刑事罰が設けられます

改正後は、公益通報を理由とする一定の不利益取扱いについて、刑事罰が設けられます。

具体的には、労働者に対して、公益通報を理由として解雇等特定不利益取扱いをした場合、行為者に対して、6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金が科され得ます。

また、法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者が、法人の業務に関してこの違反行為をした場合には、行為者を罰するだけでなく、法人に対しても3000万円以下の罰金刑が科され得ます。

この点は、従来の民事上の無効という効果に加えて、刑事罰のリスクが生じるという意味で、企業の内部通報対応に大きな影響を及ぼします。

もっとも、実務上重要なのは、「刑事罰がある」という点だけではありません。通報後の人事措置について、事前に法務・人事・コンプライアンス部門が連携し、公益通報との関連性が疑われないよう、判断過程を整理しておくことです。

6 通報妨害は禁止されます

改正後は、公益通報を妨げる行為が明確に禁止されます。

例えば、従業員や業務委託先に対して、公益通報をしない旨の合意を求めることや、公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げることなどは問題となり得ます。

実務上は、秘密保持契約、退職合意書、和解契約、業務委託契約、誓約書などの文言に注意が必要です。

もちろん、企業秘密や個人情報の保護は重要です。しかし、その文言が、公益通報を萎縮させる内容になっている場合には、通報妨害と評価されるリスクがあります。

特に、退職時の誓約書や和解合意書において、「社内外に一切の情報を漏らさない」「行政機関その他第三者に申告しない」といった包括的な文言を置いている場合には、公益通報者保護法との関係で見直しが必要です。

7 通報者探索は禁止されます

今回の改正で、企業実務上特に注意すべきものの一つが、通報者探索の禁止です。

改正後は、事業者が、正当な理由なく、公益通報者である旨を明らかにすることを要求することその他の公益通報者を特定することを目的とする行為をすることが禁止されます。

現場では、通報があった場合に、管理職や関係部署が、次のような確認をしようとすることがあります。

  • 誰が通報したのか
  • この内容を知っているのは誰か
  • 通報者はおそらく誰か
  • 誰が外部に話したのか

しかし、改正後は、このような対応が通報者探索と評価されるリスクがあります。

もちろん、通報内容を調査するために、関係者から事実確認を行うこと自体が直ちに禁止されるわけではありません。しかし、調査の目的は、通報対象事実の有無を確認することであり、通報者を特定することではありません。

調査担当者は、聞き取りの際にも、通報者の特定につながる質問を避ける必要があります。また、通報内容の共有範囲を必要最小限に限定し、通報者が推測されないよう情報管理を徹底する必要があります。

8 公益通報対応業務従事者の守秘義務

公益通報対応業務従事者には、公益通報対応業務に関して知り得た事項であって、公益通報者を特定させるものを漏らしてはならない義務があります。

内部通報制度では、通報者の秘密が守られるという信頼がなければ、制度は機能しません。

そのため、企業は、公益通報対応業務従事者を形式的に指定するだけでなく、誰がどの範囲で情報にアクセスできるのか、調査資料をどこに保管するのか、メールやチャットでどのように共有するのか、経営層や人事部門にどの段階で報告するのかを明確にしておく必要があります。

特に、通報者を特定させる情報は、氏名に限られません。部署、役職、関与した業務、相談経緯、通報内容の詳細などから、通報者が推測される場合もあります。

9 内部通報体制整備義務と行政措置

企業は、公益通報に適切に対応するため、公益通報対応業務従事者を定め、内部公益通報に応じるために必要な体制の整備、労働者等への周知その他の必要な措置をとる必要があります。

常時使用する労働者の数が300人以下の事業者については、これらは努力義務とされています。しかし、努力義務であっても、内部通報制度を整備しなくてよいという意味ではありません。企業規模、事業内容、不祥事発生時の影響、取引先や親会社からの要請等を踏まえると、中小企業であっても、一定の通報窓口や相談体制を整備しておくことが望ましい場合があります。

また、改正後は、体制整備義務等に関する行政措置も強化されています。ただし、従事者指定義務と体制整備義務では、違反した場合の効果が異なります。

常時使用する労働者の数が300人を超える事業者が公益通報対応業務従事者を定める義務に違反している場合には、助言・指導、勧告、命令、公表、報告・立入検査等の対象となり得ます。

これに対し、内部公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制整備義務に違反している場合には、助言・指導、勧告の対象となり、勧告に従わない場合には公表の対象となり得ますが、従事者指定義務違反の場合と異なり、命令や刑事罰の対象としては整理されていません。

10 企業が誤解しやすいポイント

「通報者を確認しなければ調査できない」という誤解

通報内容の調査は必要です。しかし、調査の目的は、通報対象事実の有無を確認し、必要な是正措置を講じることです。通報者を特定することではありません。

通報者の特定につながる聞き取りや情報共有は、通報者探索と評価されるリスクがあります。

「通報後でも、別の理由があれば懲戒できる」という誤解

通報後であっても、通報とは無関係の理由に基づき、適正な手続で懲戒処分を行うことが常に禁止されるわけではありません。

しかし、公益通報後、法定の起算点から1年以内の解雇等特定不利益取扱いについては、公益通報を理由とするものと推定されます。内部通報の場合は公益通報をした日が起算点となりますが、行政機関への通報又は外部への通報の場合で、事業者がその公益通報がされたことを知って解雇等特定不利益取扱いをしたときは、事業者が当該公益通報を知った日が起算点となります。

そのため、企業側は、通報とは無関係の理由による措置であることを、客観的資料により説明できるようにしておく必要があります。

「窓口を設置していれば足りる」という誤解

内部通報制度は、窓口を設置するだけでは足りません。

通報受付後の調査体制、公益通報対応業務従事者の指定、秘密保持、通報者探索の防止、是正措置、記録管理、通報者への不利益取扱い防止まで含めて、実効的に機能する制度である必要があります。

「匿名通報は対応しなくてよい」という誤解

匿名通報であっても、内容が具体的であり、法令違反や重大な不正の可能性がある場合には、調査・確認が必要となる場合があります。

匿名であることだけを理由に一律に放置する運用は、内部通報制度の実効性という観点から問題があります。

「秘密保持契約で外部通報を防げる」という誤解

企業秘密や個人情報を保護することは重要です。

しかし、公益通報をしない旨の合意を求めたり、公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げたりすることは、通報妨害として問題となり得ます。

退職合意書、和解契約、秘密保持誓約書、業務委託契約などの文言は、公益通報者保護法との関係で見直す必要があります。

11 施行までに確認すべきチェックポイント

企業としては、少なくとも次の点を確認しておくことが望まれます。

12 まとめ

2026年12月1日に施行される改正公益通報者保護法は、企業の内部通報制度に大きな影響を与えます。

特に、公益通報後、法定の起算点から1年以内の解雇・懲戒に関する推定規定、公益通報を理由とする解雇・懲戒への刑事罰、通報妨害の禁止、通報者探索の禁止、体制整備義務等に対する行政措置の強化は、企業実務上重要です。

企業にとって重要なのは、通報を抑え込むことではありません。内部通報制度を通じて問題を早期に把握し、適切に調査し、必要な是正措置を講じることです。

今回の改正を契機として、内部通報規程、通報窓口、調査体制、秘密保持、人事措置の判断プロセスを見直し、実際に機能する制度として整備しておくことが重要です。

カスタマーハラスメント対策研修

カスタマーハラスメン対策担当者向けの研修会で講師を担当しました。

≪開催日≫
2026年5月
≪時間等≫
13:00~17:00
AP東京八重洲(オンラインとのハイブリッド)
≪主催≫
一般財団法人日本ハラスメントカウンセラー協会
≪講師≫
坂東利国(東京弁護士会)

《概要》
企業において、お客様対応業務をされている方や、その管理者が日常業務で役立つカスタマーハラスメント対応・防止策を学び、トラブルの未然防止や適切な対応方法を身につける、従業員の安全と職場の安心を守ることを目的します。

(講義内容)
Ⅰ職場におけるカスタマーハラスメントの知識
 1 カスハラ対策の必要性
 2 カスハラに関する事業主の義務
 3 カスハラの判断
 4 迷惑行為への対応
Ⅱ カスハラを想定した事前の準備
 1 事業主の基本方針•基本姿勢の明確化およびその周知・啓発
 2 相談・苦情に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
 3 顧客等への初期対応について
 4 カスハラへの対応方法について
 5 内部手続の方法、手順を定める
Ⅲ カスハラが発生した場合の事後対応等
 1 事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認する
 2 被害者への配慮の措置
Ⅳ その他の措置等
 1 悪質クレーマー対応
 2 カスハラ行為者に成立する可能性のある犯罪行為

関連

ハラスメント関連業務

経歴・取扱業務

中小受託取引適正化法(旧下請法)への実務対応

2026年(令和8年)1月1日、いわゆる下請法は「取適法」へと改正・施行されました。正式名称は、「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」であり、略称は「中小受託取引適正化法」、通称は「取適法」とされています。

今回の改正は、単に法律名を変更したものではありません。「下請」という名称から連想される古典的な下請構造だけでなく、製造、修理、情報成果物作成、役務提供、運送などの委託取引において、中小受託事業者との取引を適正化する趣旨をより明確にするものです。

もっとも、事業者間の委託取引であれば、すべて取適法の対象になるわけではありません。企業としては、2026年1月1日以降の発注について、対象となる取引類型、委託事業者・中小受託事業者の規模要件、支払方法、価格協議の運用、運送委託の有無などを確認する必要があります。

本記事では、施行済みの取適法について、制度の概要、旧下請法からの主な改正ポイント、企業担当者が誤解しやすい点、施行後に確認すべき実務対応を整理します。

取適法対応は、単に契約書の表題を変更するだけの対応ではありません。現在の発注・購買・外注・物流・支払実務が、施行後の取適法に対応しているかを点検する必要があります。

1 取適法の基本構造

取適法は、製造委託等に関し、中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等を防止することによって、委託事業者の中小受託事業者に対する取引を公正にするとともに、中小受託事業者の利益を保護することを目的とする法律です。

企業実務では、法務部門だけでなく、購買、調達、外注管理、製造、物流、情報システム、経理など、複数の部門に関係します。

特に、対象取引類型や事業者規模の確認、発注時の明示事項、禁止行為、記録の作成・保存は、取適法対応の基本になります。

2 下請法から取適法へ――「下請」から「中小受託取引の適正化」へ

「下請法」という名称からは、大企業を頂点とした古典的な下請構造が連想されます。しかし、現代の企業間取引では、製造、修理、システム開発、業務委託、物流など、さまざまな委託取引において、発注者と受託者との間に交渉力の差が生じます。

その意味で、取適法は、「下請企業を保護する法律」というよりも、中小受託事業者との委託取引を適正化する法律と理解した方が、今回の改正の趣旨を把握しやすいといえます。

ただし、名称が「下請法」から「取適法」に変わったからといって、すべての事業者間取引が対象になるわけではありません。企業担当者としては、「下請かどうか」という感覚的な判断ではなく、取適法上の対象取引に該当するかを確認する必要があります。

3 すべての委託取引が取適法の対象になるわけではありません

取適法は、「下請」という名称から離れ、中小受託事業者との委託取引の適正化を図る法律です。

もっとも、事業者間で何らかの業務を依頼していれば、すべて取適法の対象になるわけではありません。

取適法の適用を考える際には、まず、その取引が取適法第2条に定める製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託、特定運送委託などの対象取引類型に該当するかを確認する必要があります。また、委託事業者・中小受託事業者の規模要件についても、同条に基づいて確認する必要があります。

たとえば、自社仕様の部品製造、製品修理の一部外注、顧客向けシステム開発の一部外注、自社が受託した業務の再委託、商品配送の運送委託などは、取適法の対象となる可能性があります。

一方で、市販品やカタログ品をそのまま購入する取引、既製ソフトウェアの購入、建設工事の請負、一般消費者との取引などは、取適法とは別に整理される場合があります。

取適法の対象になるかどうかは、契約書のタイトルではなく、実際の取引内容によって判断する必要があります。「業務委託契約」という名称であっても対象になる場合がありますし、逆に「売買契約」とされていても、自社仕様の製品を製造させている場合には、製造委託に該当する可能性があります。

4 施行後に確認すべき主な改正ポイント

取適法はすでに施行されています。したがって、企業としては、2026年1月1日以降の発注について、現在の実務が改正後のルールに対応しているかを確認する必要があります。

施行後に特に確認すべき改正ポイントは、次のとおりです。

5 価格協議への対応

取適法の施行後、企業実務上、特に重要なのが価格協議への対応です。

原材料費、人件費、燃料費、物流費などが上昇する中で、中小受託事業者から価格改定の申入れを受ける場面は増えています。

取適法のもとでは、価格改定の申入れがあった場合に、必ず値上げに応じなければならないということではありません。

しかし、中小受託事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、委託事業者が協議に応じない、必要な説明や情報提供をしないなどして、一方的に代金額を決定する行為は、取適法上の禁止行為として問題となります。

たとえば、価格改定の申入れを放置すること、「全社方針で値上げ不可」とだけ回答すること、資料を確認せずに従来単価を通知すること、協議経過を記録しないことは、実務上リスクがあります。

実務上は、申入れ内容を確認し、必要に応じて資料の提出を求め、協議の場を設け、回答理由を説明し、協議経過を記録することが重要です。

6 支払方法の点検

取適法の施行後は、支払方法の点検も重要です。

取適法では、対象取引について支払手段として手形を交付することが禁止されています。また、電子記録債権やファクタリングなどについても、中小受託事業者が支払期日までに代金相当額の満額を得ることが困難な支払方法であれば、問題となる可能性があります。

さらに、振込手数料についても注意が必要です。支払方法の変更に伴い、割引料相当額や振込手数料相当額を一方的に代金から控除することは、減額、買いたたき、一方的な代金決定の問題につながる可能性があります。

また、製造委託等代金を支払期日までに支払わなかった場合だけでなく、中小受託事業者の責めに帰すべき理由がないのに代金を減額した場合にも、遅延利息の問題が生じます。遅延利息の利率は年14.6%とされています。

経理部門だけでなく、購買・調達部門も、支払条件の変更が取引先との価格協議や代金額に影響することを理解しておく必要があります。

7 運送委託の追加

取適法では、特定運送委託が対象取引に追加されました。

これまで、物流・配送の問題は、下請法とは別の領域として受け止められていた企業もあると思われます。しかし、改正により、発荷主が自社の事業のために行う物品の運送を運送事業者に委託する取引について、取適法の適用可能性を確認する必要があります。

特に、製造業、卸売業、小売業、食品、建材、EC事業者など、商品・製品の配送を外部委託している企業では注意が必要です。

運送委託については、運賃額だけでなく、荷待ち、荷役、附帯作業、燃料費上昇分の価格協議なども確認する必要があります。契約書や発注書に明記されていない作業を、慣行として無償で依頼している場合には、実態を確認し、必要に応じて契約内容や対価を見直すことが重要です。

8 従業員基準と対象判定の見直し

旧下請法を知っている担当者ほど、資本金基準を中心に対象判定をしている場合があります。

しかし、取適法では、従来の資本金基準に加えて、従業員基準が追加されています。これにより、従来は資本金基準だけで対象外と整理していた取引であっても、従業員基準により取適法の対象となる可能性があります。

従業員基準は、取引類型によって300人基準と100人基準に分かれます。300人基準の対象となるのは、製造委託、修理委託、特定運送委託、プログラム作成に係る情報成果物作成委託、運送・物品の倉庫保管・情報処理に係る役務提供委託です。これに対し、プログラム作成を除く情報成果物作成委託や、運送・物品の倉庫保管・情報処理を除く役務提供委託では、100人基準が問題となります。

公正取引委員会の留意事項では、従業員基準は、資本金基準が適用されない場合に適用されるものと説明されています。もっとも、実務担当者にとって重要なのは、資本金基準だけで対象外と判断しないことです。取引類型に応じて、資本金基準又は従業員基準のいずれかにより、委託事業者・中小受託事業者の組合せが取適法の対象となる可能性があります。

公正取引委員会の留意事項では、「常時使用する従業員」について、賃金台帳に記載される従業員を基礎として算定することが説明されています。具体例として、正社員、契約社員、パートタイマー・アルバイト、1か月を超えて引き続き使用される日雇い労働者などが挙げられています。なお、派遣社員は、派遣元が使用者となるため、派遣先事業者の「常時使用する従業員」には含まれないとされています。

実務上は、取引開始時や定期的な取引先確認の際に、資本金だけでなく、必要に応じて従業員数も確認する運用を検討することになります。

もっとも、通常、従業員数を確認するために、取引先から賃金台帳の写しまで取得する必要はありません。取引先確認シート、申告書、定期確認などにより、必要な範囲で確認し、その確認記録を残す方法が現実的です。

9 4条明示・7条記録

旧下請法では、「3条書面」「5条書類」という用語が実務上よく使われていました。取適法では、発注時の明示や記録保存について、4条明示・7条記録として整理されます。具体的には、委託事業者は、発注時に一定事項を中小受託事業者に明示する義務を負います。また、給付の内容、代金額、支払期日等について記録を作成し、保存する必要があります。

企業としては、2026年1月1日以降に発注した取適法適用対象取引について、発注書、注文書、電子発注システム、支払記録、価格協議記録などが、取適法第4条・第7条に対応したものになっているかを確認する必要があります。

なお、従来は、電磁的方法による明示には相手方の事前の承諾が必要とされていましたが、改正により、この事前承諾は不要とされています。ただし、中小受託事業者から請求があった場合には、書面を交付する必要があります。発注のデジタル化を進める企業にとっては、実務上重要な変更点です。

電子メール、電子契約、EDIシステム等を利用する場合には、必要事項が明示され、後日確認できる形で保存されているかを確認する必要があります。

発注書や契約書を整備しているだけでは十分とはいえません。実際の発注、仕様変更、追加作業、価格協議、支払処理の過程が、後日確認できる形で残っていることが重要です。

10 企業担当者が誤解しやすいポイント

「中小企業との取引はすべて対象になる」という誤解

中小企業との取引がすべて取適法の対象になるわけではありません。取適法が適用されるためには、対象取引類型、委託事業者・中小受託事業者の規模要件などを満たす必要があります。

「業務委託契約なら対象になる」という誤解

契約書のタイトルだけでは判断できません。取適法の適用対象かどうかは、実際の取引内容、発注者の事業内容、相手方の規模要件などによって判断します。

「市販品の購入も対象になる」という誤解

単なる市販品・カタログ品の購入であれば、通常は単なる売買であり、取適法の対象外と考えられます。ただし、自社仕様、自社ブランド、専用加工、専用包装などを指定して製造させている場合には、製造委託に該当する可能性があります。

「価格改定の申入れには必ず応じなければならない」という誤解

価格改定の申入れがあった場合に、必ず値上げに応じなければならないわけではありません。しかし、協議に応じない、必要な説明や情報提供をしないなどして、一方的に代金額を決定することは、取適法上問題となります。

「手形でなければ支払方法に問題はない」という誤解

電子記録債権やファクタリングであっても、中小受託事業者が支払期日までに代金相当額の満額を得ることが困難な支払方法であれば、問題となる可能性があります。

「契約書や発注書を整備していれば十分」という誤解

契約書や発注書の整備は重要ですが、それだけで取適法対応が完了するわけではありません。実際の発注、仕様変更、追加作業、価格協議、支払処理の過程が、後日確認できる形で残っていることが重要です。

「取引相手が個人事業主・フリーランスなら取適法だけ見ればよい」という誤解

取引相手が個人事業主・フリーランスである場合には、取適法だけでなく、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律、いわゆるフリーランス新法の適用も問題となります。中小受託事業者がフリーランスにも該当し、両法のいずれにも違反し得る行為については、原則としてフリーランス新法が優先して適用されるものと整理されています。

もっとも、実務上は、いずれの法律が優先するかだけでなく、取引条件の明示、支払期日、減額禁止、買いたたき禁止、就業環境整備義務などについて、両法の観点から確認しておくことが重要です。

11 施行後に確認すべきチェックポイント

企業としては、少なくとも次の点を確認しておくことが望まれます。

12 まとめ

取適法は、2026年1月1日にすでに施行されています。

そのため、企業としては、「施行までに準備する」という段階ではなく、現在の発注・購買・外注・物流・支払実務が取適法に適合しているかを点検する段階にあります。

今回の改正は、「下請」という名称から連想される古典的な下請構造だけでなく、中小受託事業者との委託取引の適正化をより明確にし、価格協議、支払方法、運送委託、適用基準、執行体制などについて、企業実務に重要な見直しを求めるものです。

もっとも、すべての外注・業務委託・事業者間取引が取適法の対象になるわけではありません。企業としては、2026年1月1日以降に発注された取引について、対象取引類型、規模要件、発注内容、支払方法、価格協議、運送委託、記録保存を確認する必要があります。

取適法対応は、法務部門だけの問題ではありません。購買、調達、経理、物流、情報システム部門を含む、発注・支払・外注管理の実務見直しとして取り組むことが重要です。

育児・介護休業法とフリーランス法対応(2026年5月)

2025年から2026年にかけて、人事労務・業務委託管理に関する実務対応が重要になっています。本記事では、育児・介護休業法改正とフリーランス・事業者間取引適正化等法について、企業担当者が自社への影響を判断しやすいように整理します。

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従業員の私的投稿と情報漏えい

従業員の私的投稿をきっかけとした情報漏えい
――法的責任・企業対応・再発防止策

このような事案では、「本人が軽率だった」で終わらせるだけでは不十分です。企業の情報管理体制、職場環境、教育、撮影ルール、初動対応まで含めて、組織としてのリスク管理が問われます。

1 なぜ私的投稿による情報漏えいが起きるのか

近時は、BeRealをはじめとするSNSへの投稿を契機として、職場内情報の映り込みによる情報漏えいが問題となっています。BeRealはあくまで一例ですが、従業員の私的投稿が企業の情報管理上の問題につながる典型例として確認しておく必要があります。

このようなSNSの特徴は、利用者同士の自然な共有を促す点にあります。しかし、企業実務では、その特徴が職場内情報の映り込みリスクにつながることがあります。

「今すぐ撮る」という焦りが、確認不足を生みます

短時間での投稿が促される仕組みでは、利用者に「今すぐ撮らなければ」「とりあえず投稿しよう」という心理が生じやすくなります。

従来型のSNSであれば、撮影、加工、確認、投稿という過程で、背景に何が写っているかを確認する機会がありました。しかし、短時間での投稿を促すサービスでは、その確認過程が十分に働かないことがあります。

「限定公開だから安全」という誤解があります

BeRealなどのSNSでは、「友人だけが見る」「短時間で消える」という感覚が生じやすいといえます。しかし、これは安全性を保証するものではありません。

投稿された画像や動画は、スクリーンショット、画面録画、他人による保存などによって、本人の想定を超えて外部に拡散する可能性があります。投稿者本人に悪意がなくても、保存された画像は残り続けます。

したがって、「限定公開だから大丈夫」という理解は、法的にも技術的にも危険です。

本質的な問題は、アプリではなく職場環境と端末管理です

ここで重要なのは、特定のアプリ自体を悪者にすることではありません。

問題の本質は、職場内で私用スマートフォンの制限なき持ち込み・利用や、会社貸与端末の不適切な利用(私的アプリのインストール等)が可能であり、かつ、顧客情報、ホワイトボード、PC画面、書類、IDカード、内部資料などが映り込み得る状態にあることです。

2 近時の事例から見える企業リスク

金融機関で公表されたSNS投稿事案

2026年春、金融機関の職員による営業店執務室内の撮影・インターネット上への投稿をきっかけとして、顧客の氏名が記載されたホワイトボードが映り込んだ動画・画像が拡散された事案が公表されました。

公表情報から確認できる範囲では、投稿者に漏えいの故意があったのか、背景確認不足による過失だったのか、具体的な経緯を外部から断定することはできません。したがって、個別事案について安易に評価することは避けるべきです。

もっとも、金融機関という高度な情報管理が期待される業種において、顧客情報が外部から閲覧可能な状態になったこと自体は、社会的影響の大きい事案です。

医療・教育分野でも同じ問題が起きます

病院や学校でも、患者情報、教育関連情報、内部資料などの映り込み事案が報道されています。

医療・教育分野では、損害賠償額の問題以上に、信頼喪失が深刻です。患者、保護者、生徒、取引先は、「自分たちの情報が軽く扱われた」と受け止める可能性があります。

これは、単なる情報管理ミスではなく、組織への信用問題です。

若年層批判だけでは解決しません

SNS上では、新卒社員や若手社員による漏えい事案について、揶揄的・攻撃的な反応が見られることがあります。

しかし、「若者のリテラシー不足」という説明だけで片付けるのは適切ではありません。問題は、学生時代から続くSNS文化、私的な共有感覚、そして企業側の教育不足・環境整備不足とのギャップにあります。

企業としては、「若い従業員が悪い」という見方にとどまらず、どの部署で、どの場所で、どのような情報が、どのように映り込み得るかを点検する必要があります。

3 従業員本人の責任

従業員の私的投稿による情報漏えいでは、企業責任だけでなく、従業員本人の責任も問題になります。ただし、「漏えいしたから直ちに犯罪」「投稿したから直ちに高額賠償」と単純に考えるのは正確ではありません。

民事責任

SNS投稿によって、プライバシー、名誉、営業利益、社会的信用などが侵害された場合、投稿者本人が民法709条の不法行為責任を負う可能性があります。

例えば、顧客氏名、患者情報、社内の秘密情報、取引先情報などを投稿した場合には、被害者に対する責任や会社に対する責任が問題になり得ます。

もっとも、漏えいがあれば当然に高額賠償になるわけではありません。実際の責任の有無や範囲は、情報の内容、拡散規模、二次利用可能性、精神的損害、社会的不利益などによって変わります。

雇用契約上・労務上の責任

企業実務で最も問題になりやすいのは、雇用契約上・労務上の責任です。

従業員は通常、秘密保持義務、誠実義務、信義則上の義務を負っています。そのため、SNS投稿による情報漏えいは、雇用契約上の義務違反として扱われる可能性があります。

この場合、問題の中心は「SNSに投稿したこと」そのものではなく、「職務上知り得た情報や会社が管理すべき情報を外部に流出させたこと」です。

なお、これらの責任が問われるのは正社員に限りません。派遣社員、アルバイト、業務委託スタッフによる漏えいも想定されます。これらの非正規雇用者等についても、就業規則の適用範囲、派遣先としての指揮命令、業務委託契約等における秘密保持条項の確認が不可欠です。

刑事責任は限定的に考える必要があります

SNS漏えいがあった場合でも、直ちに刑事責任が成立するわけではありません。刑事責任は、それぞれの犯罪の構成要件に該当する場合に限られます。

例えば、不正競争防止法上の営業秘密侵害罪では、対象情報が営業秘密に該当する必要があります。営業秘密に該当するためには、一般に、秘密管理性、有用性、非公知性が問題になります。会社の情報であればすべて営業秘密になるわけではありません。

また、個人情報保護法上の個人情報データベース等不正提供罪についても、対象が個人情報データベース等に該当するか、不正な利益を図る目的や不当な目的があるかなど、構成要件を個別に確認する必要があります。背景への映り込み型の投稿が直ちに同罪に該当するとは限りません。

一方で、医師、公務員、弁護士など、法律上の守秘義務を負う職種では、別途、守秘義務違反が問題になる可能性があります。

4 リポスト・拡散者の責任

SNS漏えいでは、初回投稿だけでなく、リポスト、引用、スクリーンショット共有などの二次拡散によって被害が拡大します。

「自分は投稿しただけではなく、拡散しただけ」という理解は、法律上の免責を意味しません。転載や再投稿は、それ自体が独立した侵害行為となり得ます。

もっとも、リポストや転載が常に違法になるわけではありません。公益性、真実性、公表目的、必要性、被害拡大性などを踏まえた個別判断が必要です。

社内共有でも注意が必要です

この論点は、企業内部でも重要です。問題投稿が発覚した場合、全社員メール、社内チャット、スクリーンショットの回覧などが行われることがあります。

しかし、これ自体が不要な二次拡散になる可能性があります。問題投稿の共有は、調査・対応に必要な範囲に限定すべきです。

5 漏えい発生時の初動対応

従業員の私的投稿による情報漏えいでは、初動対応が結果を大きく左右します。特に重要なのは、削除を急ぐ前に、必要な証拠を保全することです。

6 懲戒・求償を検討する際の注意点

従業員の私的投稿による情報漏えいが発覚すると、企業は強い社会的圧力にさらされます。SNS上での批判、報道、顧客クレーム、社内不満が重なると、「厳しく処分しなければならない」という空気が生まれやすくなります。

しかし、感情的な懲戒は危険です。SNS問題では、炎上対応と労務対応が交錯します。法的根拠と証拠に基づく冷静な判断が必要です。

懲戒処分は自由にできるわけではありません

企業には懲戒権がありますが、無制限ではありません。労働契約法15条・16条は、懲戒や解雇について、客観的合理性と社会通念上の相当性を要求しています。

したがって、「炎上したから懲戒解雇」という発想は危険です。投稿内容、故意・過失の程度、被害規模、企業信用への影響、再発可能性、過去の類似事案との均衡、就業規則上の根拠などを総合的に確認する必要があります。

事案の類型を分けて考える必要があります

特に、会社側に研修、ルール、注意喚起、環境整備がほとんどなかった場合に、従業員だけを重く処分する対応は、後に労務紛争で問題化しやすくなります。

求償は理論上可能ですが、当然に全額回収できるわけではありません

企業が従業員に対して損害賠償請求や求償を行うことは、理論上はあり得ます。

もっとも、最高裁昭和51年7月8日判決(茨城石炭商事事件)は、使用者から被用者への求償について、信義則上相当な限度に制限すべきと判断しています。

そのため、このような情報漏えいでも、会社に生じた損害を当然に全額従業員へ請求できるわけではありません。故意・過失の程度、従業員の地位、賃金、教育状況、管理体制、予見可能性などを踏まえた判断が必要です。

7 再発防止の考え方

現在の実務では、単に「SNS禁止」とするだけでは不十分です。SNS利用は日常生活の一部であり、勤務時間外や私生活領域への過度な介入は、慎重に判断する必要があります。

重要なのは、SNSを完全に排除することではなく、利用されることを前提に、会社情報が外部に出ない仕組みを作ることです。

ソーシャルメディアポリシーに入れるべき事項

教育は一度きりでは不十分です

SNSの利用実態は短期間で変化します。BeRealのように、従来の研修資料では十分に想定されていないサービスが問題になることもあります。

そのため、新入社員研修だけでなく、管理職研修、定期的な注意喚起、新しいSNSや投稿文化への対応が必要です。

特に管理職には、部下を処分する知識だけでなく、職場内に情報が映り込みやすい状態がないかを点検する視点が求められます。

8 社内で確認しておきたいチェックポイント

企業としては、少なくとも次の点を確認しておくことが望まれます。

9 よくあるご質問

Q1 従業員が私的なSNSに投稿しただけでも、会社の問題になるのでしょうか。

従業員が私的に投稿したものであっても、投稿画像や動画に顧客情報、取引先情報、社内資料、PC画面、ホワイトボード、名札、予定表などが映り込んでいれば、会社の情報管理上の問題となり得ます。

問題の中心は、「SNSを使ったこと」ではなく、会社が管理すべき情報や職務上知り得た情報が外部に出たことにあります。そのため、従業員個人の軽率な行動だけでなく、職場環境、撮影ルール、情報の置き方、教育状況もあわせて確認する必要があります。

Q2 投稿者に悪意がなければ、情報漏えいとして扱わなくてもよいのでしょうか。

悪意がない場合でも、情報漏えいとしての対応が不要になるわけではありません。

本人に漏えいの意図がなかったとしても、結果として個人情報、顧客情報、取引先情報、社内の機密情報などが外部から閲覧できる状態になれば、被害拡大防止、影響範囲の確認、関係者への説明、再発防止策の検討が必要になります。

懲戒処分や損害賠償請求の判断では、故意か過失かは重要な事情になりますが、初動対応の要否とは別に考える必要があります。

Q3 問題投稿を見つけた場合、まず削除させればよいのでしょうか。

削除を急ぐ前に、必要な証拠を保全することが重要です。

具体的には、投稿内容、URL、投稿日、アカウント情報、画像・動画の内容、コメント、拡散状況などを保存します。証拠を残さずに削除してしまうと、後に、何が漏えいしたのか、誰が投稿したのか、どの程度拡散したのかを確認できなくなるおそれがあります。

証拠保全を行ったうえで、投稿削除、プラットフォームへの通報、社内調査、関係者への説明などを順序立てて進める必要があります。

Q4 社内で注意喚起するために、問題投稿のスクリーンショットを共有してもよいでしょうか。

注意喚起の目的があっても、問題投稿のスクリーンショットを広く共有することには注意が必要です。

投稿内容に個人情報や機密情報が含まれている場合、社内での共有自体が不要な二次拡散になる可能性があります。共有は、調査・対応に必要な範囲に限定し、全社員への一斉共有や社内チャットでの安易な回覧は避けるべきです。

注意喚起を行う場合には、実際の画像をそのまま共有するのではなく、情報を伏せたうえで、問題となる行為類型や再発防止のポイントを説明する方法が望ましいといえます。

Q5 従業員を懲戒処分にすることはできますか。

従業員の投稿によって会社情報や顧客情報が漏えいした場合、就業規則上の根拠があれば、服務規律違反、秘密保持義務違反、誠実義務違反などとして懲戒処分を検討することはあり得ます。

ただし、懲戒処分は自由にできるものではありません。投稿内容、漏えいした情報の性質、故意・過失の程度、被害規模、会社の信用への影響、本人の地位、過去の注意・教育状況、会社側の管理体制、過去の類似事案との均衡などを踏まえて、処分の相当性を慎重に判断する必要があります。

「炎上したから懲戒解雇」といった感情的な対応は、後に労務紛争となるリスクがあります。

Q6 会社に損害が出た場合、従業員に全額請求できますか。

会社が従業員に対して損害賠償請求や求償を行うことは、理論上はあり得ます。

もっとも、従業員に対して当然に全額を請求できるわけではありません。故意・過失の程度、従業員の地位、業務内容、賃金、会社の教育状況、管理体制、損害発生の予見可能性などを踏まえ、信義則上相当な範囲に制限される可能性があります。

求償を検討する場合には、金額の大きさだけでなく、労務紛争化するリスク、社内への影響、再発防止との関係も含めて慎重に判断する必要があります。

Q7 就業規則やSNSポリシーには、どのような内容を定めておくべきでしょうか。

就業規則やSNSポリシーでは、単に「不適切な投稿を禁止する」と書くだけでは不十分です。

個人情報、顧客情報、取引先情報、患者情報、社内資料、会議内容、PC画面、ホワイトボード、予定表、IDカード、名札など、投稿・撮影してはならない情報や対象を具体的に示すことが重要です。

また、撮影禁止エリア、投稿前に迷った場合の相談先、違反時の調査協力義務、懲戒や損害賠償責任が問題となり得ることも、実務に即して整理しておく必要があります。

Q8 SNSの利用を全面的に禁止すればよいのでしょうか。

業務中の私的利用や職場内での撮影を制限することは考えられますが、従業員の私生活上のSNS利用を一律に全面禁止することは、実務上も法的にも慎重に考える必要があります。

重要なのは、SNSそのものを禁止することではなく、会社情報や顧客情報が外部に出ない仕組みを作ることです。

そのためには、撮影禁止エリアの設定、機密情報が映り込まない職場環境の整備、投稿前の注意喚起、従業員教育、問題発生時の報告ルートの整備などを組み合わせて対応する必要があります。

Q9 新入社員や若手社員だけを対象に研修すれば足りますか。

新入社員や若手社員への教育は重要ですが、それだけでは十分とはいえません。

管理職には、部下の投稿を注意するだけでなく、職場内に情報が映り込みやすい状態がないかを点検する役割があります。また、中堅社員や管理職自身が、会議室、執務室、出張先、懇親会などで撮影・投稿する場面もあります。

さらに、正社員だけでなく、派遣社員やアルバイトなどに対しても、業務に関する情報管理の重要性を等しく伝える必要があります。

そのため、研修や注意喚起は、若手社員だけでなく、管理職や非正規雇用者を含む社内全体に向けて継続的に行うことが望ましいといえます。

Q10 会社として、まず何から点検すればよいでしょうか。

まずは、自社の職場で「撮影された場合に情報が映り込みやすい場所」を確認することが重要です。

具体的には、執務室、受付、会議室、カウンター、ナースステーション、教室、バックヤード、休憩室などで、PC画面、ホワイトボード、書類、名札、予定表、来客名簿、顧客情報、患者情報、取引先情報などが見える状態になっていないかを点検します。

そのうえで、就業規則、SNSポリシー、情報管理規程、撮影ルール、初動対応フローが、実際の職場環境に合っているかを確認することが必要です。

10 おわりに

従業員の私的投稿をきっかけとする情報漏えいは、単なるSNS問題ではありません。

企業に問われているのは、情報管理を従業員個人の注意力だけに依存していないかという点です。

漏えいは、悪意だけで起きるわけではありません。焦り、思い込み、限定公開への安心感、職場文化、情報の置き方、教育不足、管理体制の不備からも発生します。

そのため、必要なのは、感情的制裁、SNS悪者論、若年層批判ではありません。必要なのは、管理体制、教育、初動対応、ガイドライン、職場環境の見直しです。

従業員の私的投稿をきっかけとする情報漏えいは、「従業員が悪かった」で終わる問題ではありません。企業統治の成熟度が問われる問題です。

企業法務・人事担当者が押さえておくべき主要法改正(2026年5月)

2026年は取適法・カスハラ義務化・公益通報者保護法改正・保険業法・資金決済法など、企業実務に直結する重要な法改正が相次ぎます。経産省AI民事責任手引きも含め、業種別の影響と対応チェックリストを整理しました。

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プライバシー実務研修

プライバシーに関連して、企業担当者等が知っておきたい知識と裁判例を学ぶ講習会で講師を担当しました。

≪開催日≫
2026年3月
≪時間等≫
13:00~16:00
オンライン
≪主催≫
一般財団法人 全日本情報学習振興協会
≪講師≫
坂東利国(東京弁護士会)

《概要》
企業において問題となりうるプライバシーに関連する事項について、実際の事例や法律の基礎知識とともに学ぶ

(講義内容)
Ⅰ「プライバシー」と「プライバシー権」
Ⅱ プライバシーを保護する法的枠組み
 1 プライバシーに関連する法令の定め
 2 刑罰:名誉毀損罪について
 3 事後的救済:不法行為に基づく損害賠償
 4 事後的救済:不法行為が成立しない場合(「公共の利害に関する事実に係る」場合)
 5 事後的救済:妨害排除請求・差止請求
 6 事後的救済:情報漏えい事故と損害賠償
Ⅲ 個人情報漏えいによるプライバシー侵害のリスクマネジメント
Ⅳ 漏えい事故によるプライバシー侵害
Ⅴ 撮影(私的情報の取得)に関する問題
Ⅵ 労働関係におけるプライバシー
 1 業務命令とプライバシー
 2 モニタリング
 3 SNSとプライバシー
 4 従業員の写真掲載

関連

ハラスメント関連業務

経歴・取扱業務

カスタマーハラスメントに関する雇用管理上の措置を講ずる担当者向け研修

2025年6月に改正された労働施策総合推進法(施行は2026年10月)で定められたカスタマーハラスメント問題に関する事業者の雇用管理上の措置を検討・整備する方向けの研修会で講師を担当しました。

≪開催日≫
2026年2月
≪時間等≫
10:00~17:00
AP秋葉原(オンラインとのハイブリッド)
≪主催≫
一般財団法人日本ハラスメントカウンセラー協会
≪講師≫
坂東利国(東京弁護士会)

《概要》
お客様対応をされている方よりも上位者の現場監督者や、カスハラの予防措置、カスハラが発生した際の対応について、相談対応等の組織体制の整備等の雇用管理上の措置を検討し構築する担当者(リスクマネジメント担当者)に必要と思われる知識等について、裁判例や実務上の知見に基づく講義をします。

(講義内容)
Ⅰ職場におけるカスタマーハラスメントの知識
 1 カスハラに関する法令の状況
 2 カスハラ対策における基本的視点
 3 カスハラに関する事業主の義務
 4 カスハラの判断
 5 状況に応じた対応
Ⅱ 企業としてすべきこと
 1(事前の準備)事業主の方針等の明確化およびその周知・啓発
 2(事前の準備)相談・苦情に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
 3(事前の準備)対応方法、手順の策定
  (1) 顧客等への初期対応について定める
  (2) カスハラへの対応方法を定める
  (3) 内部手続の方法、手順を定める
 4(事前の準備)社内対応ルールの従業員等への教育・研修
 5(事後対応)カスハラに係る事後の迅速かつ適切な対応
  (1) 事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認する
  (2) 被害者への配慮の措置
  (3) 再発防止に向けた措置
 6 その他のカスハラ抑止の措置等
Ⅲ 関連する問題
 1 カスハラ行為者に成立する可能性のある犯罪行為
 2 (参考)ハラスメント問題に関する令和7年改正の概要
 3 フリーランスに対するカスハラ
 4 取適法について
 5(参考)カスハラ関する法的対応(民事上の請求等)
 6 (参考)カスハラと労災

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