悪質なカスハラへの法的対応
第4回では現場責任者のための初期対応を整理しました。今回は、暴行、脅迫、長時間拘束、執拗な要求、土下座要求、SNS投稿、従業員個人への攻撃など、悪質なカスタマーハラスメントへの法的対応を整理します。
本シリーズは、顧問先企業等への情報提供を目的とした記事です。文中の「労働施策総合推進法」は、特に断りのない限り、令和7年法律第63号による改正後の労働施策総合推進法を指し、カスタマーハラスメント関連規定は2026年(令和8年)10月1日に施行されます。個別事案では、事実関係、業種・業態、契約関係、就業規則・社内規程、関係法令を確認したうえでご判断ください。
1 悪質なカスハラ対応は「経営・本部判断」で行う
悪質なカスハラへの対応は、現場担当者や現場責任者だけで抱えるべきではありません。警察への通報、警告文の発出、出入り禁止、サービス提供拒否、損害賠償請求、差止めなどは、事案の内容、業種・業態、契約関係、法令上のサービス提供義務、証拠の有無などを踏まえて、会社として慎重に判断する必要があります。
| 対応内容 | 主な判断主体 |
|---|---|
| その場の中止要請 | 現場責任者 |
| 対応終了・退去要請 | 現場責任者・本部 |
| 警察通報 | 現場責任者・総務・法務 |
| 警告文の発出 | 法務・総務・弁護士 |
| 出入り禁止 | 本部・経営層・法務 |
| サービス提供拒否・取引停止 | 経営層・法務・関係部門 |
| 損害賠償請求・差止め | 経営層・法務・弁護士 |
| SNS投稿への削除請求・発信者情報開示 | 法務・広報・弁護士 |
2 まず安全確保を優先する
悪質なカスハラ対応で最優先すべきは、従業員の安全確保です。
| 兆候 | 対応 |
|---|---|
| 殴る、蹴る、胸ぐらをつかむ | 距離を取り、複数名対応・警察通報 |
| 机や備品を叩く、物を投げる | 周囲を退避させ、警察通報を検討 |
| 「殺す」「痛い目に遭わせる」などの発言 | 脅迫のおそれとして上司・警察へ連絡 |
| 退去要請に応じず居座る | 明確に退去を求め、警察通報を検討 |
| 従業員個人へのつきまとい・待ち伏せ | 担当者を引き離し、警察・弁護士に相談 |
| 性的接触・盗撮・無断撮影 | 証拠保全、退去要請、警察相談 |
| 反社会的勢力との関係をほのめかす | 現場判断を避け、本部・警察・弁護士へ |
3 警察への通報・相談
カスハラの中には、刑法上の犯罪に該当し得るものがあります。典型的には、暴行、傷害、脅迫、強要、恐喝、威力業務妨害、不退去、名誉毀損、侮辱などが問題になります。
| 類型 | 例 |
|---|---|
| 暴行・傷害 | 殴る、蹴る、胸ぐらをつかむ、物を投げつける |
| 脅迫 | 「殺す」「家族を困らせる」「帰れると思うな」などと告げる |
| 強要 | 土下座、謝罪文、自宅訪問、義務のない行為を強制する |
| 恐喝 | 害悪を告げて金銭を要求する |
| 威力業務妨害 | 大声で怒鳴る、机を叩く、店舗業務を妨害する |
| 不退去 | 退去を求めても店舗・事務所から出て行かない |
| 名誉毀損・侮辱 | SNS等で企業や従業員の社会的評価や名誉感情を害する投稿をする |
| つきまとい | 従業員を待ち伏せする、自宅や通勤経路に現れる |
緊急時は110番、緊急でない場合は所轄警察署や警察相談専用電話「#9110」への相談も選択肢になります。
(注)つきまとい・待ち伏せは、刑法上の犯罪に直ちに当たるとは限らず、ストーカー規制法や各自治体の迷惑防止条例等の問題となることがあります(態様により不退去罪・強要罪等を構成する場合があります)。
4 中止要請・対応中止・退去要請
悪質なカスハラ対応では、いきなり法的措置に進むのではなく、段階的に対応するのが基本です。
中止要請
大声での発言は、他のお客様や従業員の迷惑になりますのでお控えください。
対応中止
これ以上同じ内容のお話が続く場合、本日の対応は終了いたします。
退去要請
本日の対応は終了しました。退去をお願いします。
退去していただけない場合、警察に通報します。
5 警告文の発出
悪質な言動が継続する場合や、今後の再発防止が必要な場合には、警告文の発出を検討します。警告文には、事実関係、会社の評価、中止要求、対応窓口、禁止事項、違反時の対応を記載します。
警告文は、表現が過度に攻撃的になると新たな紛争を招くおそれがあります。事実関係を整理し、会社としての要求を明確にし、必要に応じて弁護士に相談したうえで発出するのが望ましいです。
6 出入り禁止
顧客等による暴言、威圧、居座り、従業員へのつきまとい、性的言動、SNS投稿、業務妨害等が継続する場合には、店舗・施設への出入り禁止を検討することがあります。
ただし、出入り禁止は常に自由に行えるわけではありません。店舗・施設の性質、契約関係、利用規約、業法上の義務、公共性、代替手段の有無などを踏まえる必要があります。
7 サービス提供拒否・取引停止
悪質なカスハラがある場合、商品販売やサービス提供を拒否する、または取引を停止することを検討することがあります。ただし、医療、介護、福祉、公共交通、宿泊、教育、公共施設などでは、法令上・契約上のサービス提供義務や配慮義務が問題となることがあります。
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 契約関係 | 継続的契約があるか、契約解除条項があるか |
| 利用規約 | 利用停止・退会・出禁に関する規定があるか |
| 業法上の義務 | 応召義務、宿泊拒否制限、公共性などがないか |
| 顧客等の属性 | 障害者差別解消法上の合理的配慮が問題にならないか |
| 代替手段 | 他店舗・別窓口・文書対応等で代替できるか |
| 証拠 | 悪質な言動を裏付ける記録・録音・動画があるか |
| 比例性 | 出禁・拒否が過度な対応にならないか |
8 SNS・口コミ投稿への対応
顧客等が「SNSに書くぞ」「実名を晒すぞ」「動画を投稿するぞ」と発言することがあります。投稿前であれば、従業員の個人情報や画像を無断で投稿することは、プライバシーや人格的利益を侵害するおそれがあるため控えるよう伝えます。
実際に投稿された場合には、投稿画面のスクリーンショット、URL、投稿日時、投稿者アカウント名、投稿内容、画像・動画、コメント欄、関連するDM・メールを保存します。
9 民事上の損害賠償請求
顧客等のカスハラ行為により、企業や従業員に損害が生じた場合には、民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求を検討することがあります。
| 損害 | 例 |
|---|---|
| 従業員の慰謝料 | 暴言、脅迫、暴行、性的言動による精神的苦痛 |
| 治療費・休業損害 | けが、メンタルヘルス不調、休職等 |
| 企業の営業損害 | 店舗業務停止、対応人件費、警備費用 |
| 信用毀損による損害 | 虚偽投稿、誹謗中傷による信用低下 |
| 弁護士費用相当額 | 不法行為と相当因果関係がある範囲 |
10 差止め・仮処分
顧客等による迷惑行為が継続する場合や、再発のおそれがある場合には、行為の差止めや仮処分を検討することがあります。たとえば、店舗や事務所への反復来訪、従業員へのつきまとい、執拗な電話・メール、SNS投稿の反復などが問題となる場合です。
11 刑事手続と民事手続の使い分け
| 手続 | 目的 | 例 |
|---|---|---|
| 警察通報・被害届 | 犯罪行為への対応、安全確保 | 暴行、脅迫、不退去、業務妨害 |
| 警告書 | 再発防止、対応窓口の一本化 | 反復電話、来店、SNS投稿予告 |
| 出入り禁止 | 店舗・施設の秩序維持 | 暴言・居座り・つきまとい |
| サービス提供拒否 | 従業員保護・取引関係の整理 | 継続的な不当要求 |
| 損害賠償請求 | 発生した損害の回復 | 慰謝料、営業損害、信用毀損 |
| 差止め・仮処分 | 将来の迷惑行為の防止 | つきまとい、来訪、投稿、電話 |
12 悪質カスハラ対応で避けるべきこと
- 現場担当者に我慢させ続けること
- 証拠を残さないこと
- 感情的に言い返すこと
- 法的根拠を確認せず出入り禁止・取引停止をすること
- SNS投稿に個人で反論すること
13 第5回のまとめ
悪質なカスハラへの対応では、現場での説得や謝罪だけでは解決できない場合があります。暴行、脅迫、長時間拘束、従業員個人への攻撃、SNS投稿、つきまとい、土下座要求などがある場合には、会社として従業員を守るため、警察通報、警告文、出入り禁止、サービス提供拒否、損害賠償請求、差止めなどを検討する必要があります。
主な参考資料
-
令和8年厚生労働省告示第51号「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年2月26日公布)
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf -
厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/assets/pdf/cusuhara_manual.pdf - 坂東利国「カスタマーハラスメント対応実務者研修資料」
- 坂東利国「カスタマーハラスメント裁判例集」
本記事は、企業の法務・人事・労務担当者および経営層に向けて、一般的な情報提供を目的として作成したものです。 個別の事案に対する法的助言を目的とするものではありません。 法令、政省令、指針、通達、行政資料等は今後変更・更新される可能性がありますので、実際の対応にあたっては、最新の官公庁資料を確認し、必要に応じて弁護士等の専門家にご相談ください。